ロレンツォ・ギベルティの人生
フィレンツェの金細工師バルトロ・ディ・ミケーレの子として生まれる。幼い頃より細工師としての修行を積むが、フィレンツェの政情不安と伝染病の蔓延により、一時ペーザロに赴く。しかし、サン・ジョヴァンニ洗礼堂の門扉見本の製作競技を知り、帰国する。
門扉見本競技の題材は『イサクの犠牲』であり、これにはフィリッポ・ブルネレスキ、シモーネ・ダ・コッレ、ニッコロ・ダレッツォ、ヤコポ・デッラ・クエルチャ、フランチェスコ・ディ・ヴァルダンブリーナ、ニッコロ・ランベルティが参加した。1402年末あるいは1403年はじめに、門扉競技委員会はロレンツォ・ギベルティを全員一致で推薦する。ただし、ブルネレスキの経歴によれば、競技委員会の見解はギベルティとブルネレスキを優勝とし、両者が門扉の製作を行うこととしたが、ブルネレスキはこれを辞退したと伝えている。両者の作品は、今日、バルジェッロ国立美術館に隣り合わせで展示されている。


