日本の歌 2
前回紹介した歌を見ていると、結び松に宿っている魂に対する感じが、有間皇子の事件があって後になると大きく変ってくることがわかります。
それまでは単に松に宿る道の神であったものが、新しくうらみを残して世を去った皇子の鎮まることのない魂が従来の道の神の信仰の上にかさなり・・・
後々の道ゆく者の心に大きく働きかけ、人々は松にまつわりついて残っている皇子の魂に歌いかけ慰撫して通ろうとしている感じが強いですね。
最後の人麻呂歌集中の歌の詠まれた大宝元年は、有間皇子の死後43年の後です。
かつて有間皇子の事件の前には、
君が代もわが代も知るや岩代の丘の草根をいざ結びてな
・・というふうに、わりあいのどかに歌われた結び松は、有間皇子を意識することによって、非常に違った激しい内容を加えて、道の神としての新しい性格を道行く老の心に及ぼすようになっています。
こういう路傍の精霊は、日本中の村々の道の随所に蛎鋸していて、後の道ゆく者たちの心の上に影響を与えつづけました。
従ってそういう霊の居るところには、また新しい旅中の死者の霊が加わることになり、更に道に倒れ死んだ牛馬の霊すら塚を設けてまつられるようになっていくのです。