劇場の照明
敗戦後まもなくアメリカ演劇とアメリカの興行制度(プロデューサーシステムとロングランシステム)を日本に導入。
定着させるのを目的として、G・H・Q(連合軍総司令部1ーマッカーサー司令部)の民間情報教育局演劇課がスポンサーになって演劇活動をはじめました。
当時イギリス占領軍が接収して、ピカデリーシアターと名前をかえていた有楽町の邦楽座という800人ほどのキャパシティーを持つイギリス式の劇場を、イギリス軍が撤退した後・・・
G・H・Qがピカデリー実験劇場という名称で公演をはじめました。
私はこれと同時にピカデリー劇場の照明部に入りました。
このときにはまだかくれん棒のような照明はありませんでした。
第一回公演は轟夕起子、北沢彪主演でアメリカ現代劇(もっともアメリカには古典劇はありませんが)「ヴォイス・オブ・ザ・タートル(山鳩の声)」。
アメリカの中産階級の家庭を題材にした芝居で、装置はダイニングキッチンの景。
司令部の演劇課から貸与された電気冷蔵庫と電気掃除機は珍しいものでした。