アフリカの人口問題と環境問題 6

救援活動は、ふだんなかなか手の届かない人に届く機会が開けます。


現地の習慣と階層秩序が、外部から援助にあたる者と最貧の人々の間を阻むことが多いのですが、こうした障害は、災害の間は無視せざるを得ないでしょう。


アフリカの飢饉は、災害とその余波についてもう1つの事実を示しています。


物事が元に戻らないのです。


救援活動で何を望もうとも、それはひび割れた過去をはり合わせることにはなりません。


過去はなくなるのです。


飢饉は社会の中の経済力の均衡に永続的な変化を残します。


貧困化を増大させ、貧乏人をますます貧しく、金持ちをますます豊かにします。

アフリカの人口問題と環境問題 5

救援のほうがよく目立ちますが、立消えになるのも早いのです。


せいぜいバンソウコウのようなもの。


といって悪ければ、それが大方の評価なのです。


実際は救援ははた目にはよく見えますが、たいていの贈与国の援助予算の中では小さな部分しか占めていないのです。


しかし救援をバンソウコウと思うのは正確でしょうか?


そうではないと思う人もいます。


援助機関は救援を、主流の開発援助からそれるものとしてだけでなく、機会でもあると考えはじめています。


「危機」とは中国語で、危険と機会の字から成り立っています。


災害がくれば、援助機関が最も手を延べたい相手、つまり最貧の人々がいかに弱いかをさらけだします。

アフリカの人口問題と環境問題 4

ユニセフ(国連児童基金)はいくつもの民間団体のやり方にならって、この事業をエチオピアで1984年の前半に試験的に実施し、ある程度の効果をあげました。


これが有効なのは、飢饉は普通、局地的だからです。


被災者に金さえあれば、食糧が不足地帯に引きつけられてくる例が多いのです。


しかし、現金を渡すのは救援事業の性格と相容れず、大規模な援助の仕掛けに安住する援助機関がまだ後を絶ちません。


だからもっと慎重で有効な早期の措置をとる機会を逃かすのです。


食糧を満載したトラックが動き出すまで、救援は発車しません。


救援が開発援助と距離を置く限り、長期的な成果もないのに多額の金を救援に使うのは浪費だと思う人もいるでしょう。


開発事業の計画サイクルは何年もかかり、実施の各段階を苦労して作成するのですが、救援はまさにその本質のゆえに、敏速な判断と即時の行動を要求します。

アフリカの人口問題と環境問題 3

自分の村に救援が来なければ、被災民は村から出て行くでしょう。


そうなると彼らを以前の生活に戻すことは経済的にも、時には政治的にも何倍も困難になるのです。


離村防止段階では、地元一帯で早急な措置をとれば離村を防ぐことができます。


飢謹が公式に認められる前に村落レベルに介入できるほどの影響力があるのは大きな国際機関ぐらいのものですが、飢饉がだれの目にも見えるようになって、必要な口実ができてからしか、動けません。


先制的措置は、危機に後手から対応するよりもむずかしいのです。石塚孝一氏によると、食糧不足が飢饉に悪化するのは、人々が購買力を失い食物を買えなくなるからです。


その購買力を被災者に現金を与えて回復すれば、飢餓のまん延を避けることができます。

アフリカの人口問題と環境問題 2

ある民間団体は、


「人に魚を与えれば1日食べさせることができる。


網を与えれば一生食べさせることができる」


という古いことわざを座右の銘にしていますが、これは西アフリカのブルキナファソでも東南アジアのベトナムの田舎でも、民衆教育用に使われています。


早期警報体制の不備、ことに飢饉が猛威を振るい出すまで有効に対応しようとする政治的意思がないことは、飢饉予防つまり開発援助と、飢饉になってからの救援との間の重要段階がなおざりにされていることを意味しています。


その段階が飢餓民の離村防止です。


各国政府と国際社会が対応を遅らせるほど、被害もコストも増大し、とりかえしがつかなくなります。


多勢の生命が失われるだけでなく、被災民が生活手段から追われ、離れねばならなくなります。

アフリカの人口問題と環境問題

救援とは、住民が災害から立ち直るまでに時を稼がせる応急措置と、伝統的に考えられてきました。


その目的は短期的で、開発援助とは根本的に違います。


開発は貧乏を軽くすることにより災害の危険を減らします。


しかし救援は、古典的な意味で、災害の直後に被害を修復するだけと考えられてきました。


救援には長期的な変化をもたらそうという願いが込められていないのです。


ですから救援とは、人々が自助不能の間だけ食糧、毛布、医療など一時的な助けを施すのに対し、開発援助とは農場、診療所、道路、学校およびそれらに付随する行政サービスです。


援助機関の多くは、救援のみか、開発のみか、の権限がはっきりしていないので、両者の間に資金をいかに配分するかで悩んできました。

おすすめアメリカの美術館「プリーズ・タッチ美術館」その4

子供たちにとってアートとは、この「プリーズ・タッチ」のように、さまざまなことを体験しながら、美術以外のジャンルでも併せて、自然に楽しく体験することの素晴らしさを知ることなのです。

つまり、一人ひとりを、プロのアーティストにするのではなく、さまざまな体験を経てアートの本当の楽しさを知った「良き鑑賞者」へと導くことを主眼とすべきことなのです。

現在の大人たちが受けた貧しい美術教育、貧弱な美術体験のツケは余りにも大きい。

「プリーズ・タッチ」は、日本のあちこちにある児童館より、もっと積極的にアートを子供たちの栄養にしようとするところです。

教育に携わる人はもちろん、子を持つ親も、これから子を持とうとする人も、ぜひ一度は訪れたい美術館だです。

おすすめアメリカの美術館「プリーズ・タッチ美術館」その3

日本でも、幼児教育初等教育から中学高校まで、美術教育は学校の力琵キュラムに入っていてそれなりに盛んでです。

しかし、教育の目標がはっきりしないために、子供たちがいろいろのことを行なう割には内容に乏しい。

それに加えて、元来評価基準のないア!トを、五段階評価で点をつけたりするために、子供たちがアートの楽しさを知らないままにアート嫌いになってしまいます。

教える側に十分な経験も知識も欠除しているから、たとえば、画用紙の全面にパステルをすき間なく塗りなさいとか、静かにしなさいとかいうことを、つまり、子供たちにとって一種の苦行を強いることが美術、図工の時間だという事情は、戦後四十年を経てもそれほど変わっていません。

おすすめアメリカの美術館「プリーズ・タッチ美術館」その2

小動物のペットを触わったり、サーカスの衣裳を着てみたり、お医者さんや看護婦さんが使う本物の医療器具を使ったり、安全性に十分に配慮した大きな遊具に昇ったり、仮面や衣裳で遊んだりと、思い思いのことが自由にできます。

つまり、子供たちの視覚、聴覚、触覚を駆使して、すべて、自分の力でいろいろと試せるのです。

子供たちを(監視ではなく)温かく見守り、必要ならちょっとした助言を与えるスタッフのほとんどは、ボランティア。

彼らは、このミュージアムの専門スタッフからトレーニングをうけて、ギャラリー内に散っています。

おすすめアメリカの美術館「プリーズ・タッチ美術館」その1

一九八三年創立という新しい美術館「プリーズ・タッチ・ミュージアム(フォー・チルドレン)」は、開館数年にして、すでに全米にその名が知られています。

"触わって"体験
七歳以下の子供たちが、親たちと展示物に「触わって」発見することの喜びを分かち合い、また、ワークショップでも、親と子が工芸や人形、音楽、ゲームを通じて「作ってみること」の楽しさを体験できます。

それが、この美術館が全米にその名をとどろかせたわけといえるでしょう。

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